TAKAHASHI Nobuyuki

高橋信之

愛媛大学名誉教授・俳人



高橋信之略年譜


昭和6年 (1931)
 5月28日、 大阪に生まれる。 父要、母千代子、姉美穂子、兄宏臣、妹和子の中の次男。

昭和9年(1934)
 春、中国大陸の大連に家族とともに移り住む。

昭和18年(1943)
 4月、官立大連第二中学入学。

昭和22年(1947)
 春、伊予大洲に帰国。
 4月、旧制大洲中学3年編入学。

昭和25年(1950)
 7月、肺結核発病。

昭和27年(1952)
 3月、新制大洲高校卒業。

昭和31年(1956)
 4月、愛媛大学文理学部入学

昭和35年 (1960)
 3月、 愛媛大学文理学部独文科卒業。

昭和36年 (1961)
 4月、 愛媛大学文理学部非常勤講師。
    広島大学大学院入学。

昭和38年 (1963)
 3月、 広島大学大学院修士課程修了。
 10月、愛媛大学文理学部助手。   

昭和40年(1965)
 1月、愛媛大学文理学部講師。

昭和43年(1968)
 4月、愛媛大学教養部助教授。

昭和48年 (1973)
 4月、 愛媛大学教養部教授。

昭和61年(1986)
 11月18日、松山赤十字病院に入院、四度の手術によるも左眼失明。網膜 剥離。

昭和62年(1987)
 4月6日、松山赤十字病院退院。

平成8年 (1996)
 3月、 愛媛大学退職。
 4月、 愛媛大学名誉教授。

(その他の経歴)

平成2年(1990)
 11月、 日本独文学会理事 (平成5年12月まで)

平成5年(1993)
 12月、 日本独文学会中国・四国支部長 (平成6年11月まで)

(俳句略歴)

昭和39年 (1964)
 1月、 自然発生的に始めた俳句 を川本臥風先生に見てもらい、いたどり誌友となる。
 5月、愛媛大学俳句会再建、顧問教官となる。

昭和47年(1972)
 3月、俳誌「いたどり」の編集を引き受ける。

昭和58年 (1983)
 10月、川本臥風先生逝去によって 「花冠(旧誌名水煙)」を創刊 、その編集発行人、雑詠選者となる。

(その他の文芸歴)

愛大文潮に小説「黙示録オラトリオ」(昭和33年)、「アベルの血」(昭和 38年)を発表し、詩集「そのときどきに」(昭和56年)がある。

(著書)

句集水煙(昭和53年)、句集硝子体(昭和63年)、
比較俳句論序説(昭和55年)、俳句のリアリティ(昭和63年)、俳句を読 む(平成4年)
Das Haiku heute und seine Kriterien(平成4年)、
英独中日四カ国語HAIKU作品集(平成5年)その他。

【研究テーマ】

現代社会における文学の運命。副題(時代を超えた人間性を求めて)
1.トーマス・マンの文学
2.トーマス・マンと三島由紀夫そして大江健三郎
3.世界の俳句と日本の俳句
4.総合俳句論

【俳句雑誌水煙】

昭和58年10月に創刊し、その編集発行人、雑詠選者となる。いわゆる水煙 の主宰である。この4月でもって163号。明るくて深いところのある現代語の 俳句を求め、学生俳句からインターナシナル俳句そしてインターネット俳句を育 てている。