水煙掲示板俳句を読む高橋正子評
古田けいじ/吉田晃/相原弘子/藤田洋子/堀佐夜子/目見田郁代/三浦絹子
■古田けいじさんの俳句を読む/高橋正子■
森を行く緑の涼しさ潜りつつ
「潜りつつ」に涼しさを楽しんでおられるようすが、伺え
ます。森を歩くのは、楽しいですね。時間が取れれば、歩
いてみたいものです。
露草やこれから始まる空の色
明けようとする空の色の美しさが、十分に詠われています。
露草の青色に目が止まるやさしい心が、空の色を感じとれ
たのでしょう。
梅雨明けの雲掴むごと新生児
みどり児はもって生まれた力で、手足を元気に動かしてい
ます。健やかな成長が楽しみです。
立葵鈴鹿の山へ入る街に
立葵は、咲き上る姿にやさしさを感じさせてくれる、道し
るべのような花ですね。
蟻地獄の観音堂の縁の下
蟻地獄、観音堂、縁の下と、名詞が重なっています。これ
らの言葉でイメージが明確になり、この句が、骨太になり
ました。思い起こすと、蟻地獄は、こんなところにありま
したね。観音堂は、全てを知って静かに建っているものの
ようです。「蟻地獄の」の「の」は、ない方がいいですね。
咲きかけの黄薔薇とアンネ・フランクと
アンネ・フランクに薔薇を添えるとしたら、黄色の薔薇が
いいですね。これから咲こうとして、パウダーのかかった
ような無疵の花びらが、自己の気品をほどいていく。黄色
い薔薇は、アンネの実在の姿に重なる。
百合香る花屋の扉開かれいて
百合の香りに焦点が絞られて、すっきりして、また同時に、
豊かな句となっている。夜の間、花屋にこもっていた百合
の香りが、ドアを開けたとたんに、街路へこぼれ出す。朝
の空気と混じって、清純な香りとなって流れている。
蒲公英の絮誰からの精密図
蒲公英の絮をじっと見ていると、その造化の不思議に魅せ
られる。完全な球形、完全な種の姿。いかにも、精密に描
かれた図のようである。ふと誰が描いたものであろうかと
思う。キリスト教的イメージが、しないでもない。
M氏逝く
げんげ田の見える道行く棺かな
心からの「やさしさ」と「かなしみ」が伝わってきます。
たましいの冥福を祈る充分な故郷の葬送です。
水嵩を増やして温む橋渡る
水嵩の増えた川に掛かる橋を渡る楽しさ。川を覗き見たり
しながら、橋を渡る。橋を渡る行為には、違う世界へ行け
る楽しさのようなものがありますね。
閉店のパン屋のバラはまだ紅く
パン屋はもう閉まって静かになっているのだが、ショーウ
ィンドウには紅いバラがきらきら輝いているのだろう。パ
ンの香ばしい匂い、その色、紅いバラ、それらを照らす照
明など、いましがた過ぎた美しい時を思いおこさせてくれ
る。心のさゆらぎの中に、一本のバラを咲かせているので
ある。
■吉田晃さんの俳句を読む/高橋正子■
トンボとり網の向こうに白い雲
「網の向こう」というところが、涼しいそうですね。夏の
白い雲は、光に満ちて真っ白です。少年のすばらしさです
ね。少年は詩ですね。
大き葉へ梅干盛られ雲の峰
とても、さわやかで、さっぱりした句ですね。おおきな葉
は何の葉。湧きあがる雲を見ながらの、食事でしょうか。
若竹の伸びゆくままに空青し
若竹の色合いと、空の青とが生む色彩効果がいいですね。
それは、心身の柔らかさにつながるようです。
ヤゴ衣を脱ぎ捨つ朝のまだ暗し
昆虫の神秘的な営みに造化の不思議を感じます。「朝のま
だ暗し」と感じる時間もやはり神秘的な時間ですね。
よく冷えた桃の雫を手に受ける
冷えた桃に、疲れや厚さが癒される。雫がクローズアップ
される精神の清涼感がいい。
雨の降る一つ一つの額濡らし
額あじさいは、紫陽花より、文人好みの花かもしれない。
陰影のある花に、雨もみずから濡れて降る。テーマは雨。
梅雨晴れのバケツキラキラ目高とり
「バケツキラキラ」のバケツは、ブリキか、それとも、プ
ラスティックか。小川の水が反射して、水色のバケツが、
きっとキラキラしているのでしょう。やっぱり、バケツは
水色。目高も、バケツの中の水も、みんなキラキラ。梅雨
の晴れ間が、こんなにけがれない世界とは。
雑草の初日豊かな小さな野
「小さな野」というのがいいですね。この小さな野の雑草
にあたる日差しのなんと豊かなことでしょう。草に雑草な
んてない、それぞれが名前をもっていると言う人もいるで
しょうが、ここの雑草は、ことごとくの草という解釈でい
いのでは、と思います。
風光る風のあとより風のきて
春の日差しがするどくなると、風が光る。あとから、あと
から風が光る。だから、「風のあとより風のきて」と、風
が目に見えてくるのである。見えないものを見せてくれた
俳句。
影濃くて春の動きの鬼ごっこ
春の日差しが次第に強くなって、影が濃くなる。鬼ごっこ
の影も楽しそうに動いている子どもの世界が詠まれている。
新聞に菜の花くるみて朝の道
菜の花が咲くころの朝を思ってみてください。朝の空気は、
まだ冷たく、晴れきらぬ空は白っぽく、体もしっかり覚め
きらない。そんな朝、新聞に造作なく包まれた菜の花は、
朝の精のように輝いています。
山峡のどの家の門も春の雨
古典俳句のような姿のよさがありますね。昨日の雨は、春
の雨のようでした。今年のような暖かい冬ですと、的確に
季語を使うのは、むずかしいですね。
月青き村を黙して影行けり
絵本のような光景。でも抒情的すぎないのがよい。「黙し
て影行けり」がしっかりした人生を感じさせる。月光を浴
びた人の人柄がしのばれる。
■相原弘子さんの俳句を読む/高橋正子■
目に見えて柿の青さが太りゆく
終止形で止めました。柿の花が終わると、花のようなヘタ
に柿の実が育っていきます。成長の速さを夏はこの目に見
せてくれて、すがすがしいですね。
風きてはやまない昼餉鮎が焼け
涼しい風の中で、つつましく、素敵なお昼ですね。
ホース青くビニールプールに水を張り
イメージが鮮明で、青色が目に飛び込んでくる。
色合いよき菓子の一折鮎のころ
女性らしい柔らかな句。鮎のとれる季節にいただく、おそ
らく和菓子は、もちろん、夏菓子。すずしげな色合いと姿
に、ほっと暑さを忘れる。
玉葱を幾度も軒へ運び込み
玉葱を収穫する時期になりました。軒下まで運び込んで雨
に当たらないようにするのでしょう。少しずつ束ねて軒に
掛けておいたりします。畑から、幾たびも往復して運ばれ
た累々としたたまねぎが、この季節の、農村の生活を象徴
しています。
麦黄ばむ風のうねりがひとつ過ぎ
麦が熟れ始めましたね。風が麦畑でひとうねりするとき、
麦畑は、大きく波打って日の光に輝いています。おおらか
なうねりと「麦黄ばむ」の色彩感覚がいいですね。
水筒を提げて歩いて麦の秋
麦秋には、なぜだか水筒が似合います。弘子さんと私は同
い年だから、少女時代も同じ戦後ですね。戦後への郷愁み
たいなものをこの句から感じます。麦わらで作った蛍かご
、麦刈りのころの白いシャツなど・・。
春の朝バケツ一杯水汲まれ
バケツ一杯というのが、いい。こぼれんばかりの水が、春
らしさを連れてきている。朝ならばこそ。
人のいる畑明るし豆の花
豆の花が咲くころは、家の中と比べて、外はまぶしいくら
い明るくなっている。農作業も、楽しいものになってくる
。畑に人がいるのも明るい感じで、こちらまで心楽しい気
持ちになる。そんな句ですね。
威銃深く隠れて時に鳴る
熟れ田に時折り響く威し銃の音には不意をつかれて雀より
も人が驚く。そのたびに熟れ田の稲穂が一斉に揺れたよう
に思うこともある。静かな田園に威し銃の音は不似合いだ
。しかし、この音は妙に気持ちを揺さぶり、漫然と暮らし
ているものに活を入れるような音である.威銃はおどしづ
つと読む。
裏口の軽き明るさ松の芯
松の芯をこのように明るく、軽くとらえていて裏口にもな
にかしら風格をかんじますね。
■藤田洋子さんの俳句を読む/高橋正子■
今年竹ま青な空へ立ち並び
「ま青」と「立ち並び」がすばらしいですね。そののびや
かな精神がよく、表現も成功していると思います。
青梅の笊を濡らしつ香を満たし
青梅を洗って、笊に洗った分だけ移している様子なのです
ね。洗った梅が増えるにつれ笊も濡れ、香りも笊に満ちて
くる、梅雨時の日本の生活がよくでていると思います
新しきパソコン室や窓若葉
パソコン自体も、新しく、窓から見える木々の葉も、新し
い緑となって、光りを反射している。時代のあたらしさを
身をもって感じておられるのでしょうね。
吹き溜まる落花ふたたび風に舞う
落花が「ふたたび風に舞う」がよいと思いました。散り敷
いた花びらが、ふたたび舞い上がるさまは、日本的な美し
さといってよいでしょうね。
蘂残る桜の透けて空深き
桜は、ずいぶん葉が出てきています。うっすら汗ばむ昼間
は、蘂が残り、葉がではじめた桜は、むしろ、涼しげです。
春雷の鳴り止みてはや鳥の声
わが家の辺りは、すごい雷鳴でした。聞けば、城山(松山
城)の松の木に落雷したとか。雷鳴が鎮まれば、鳥たちは
、そ知らぬ顔で、もとの生活に帰っている。したたかな鳥
たちの生き方に驚かされる。雷鳴と鳥の声の対比がおもし
ろい。
芽ぐむもの全てに愛の光りけり
早春の輝く光を愛の光りと表現できる若々しさがよいと思
う。ものの芽がきらきらと生命力にあふれている様子を、
若い女性らしくこのように表現した。直接的にはキリスト
教のいう愛の光りではないが、早春の大気の明るさには、
やはり愛を感じさせるものがある。
春光に包まれし身のときめきよ
この句もいかにも若い女性を思わせる句である。「ときめ
き」という俳句ではめったに使われない言葉がそれを示し
ている。日常が心楽しくすごせているのであろう。作者の
しなやかな精神が読みとれる句である。
登校の子がおはようとチューリップに
かわいらしい句である。また、かわいらしい人である。四
月に入学したばかりの一年生、チューリップの咲く辺りを
通るときに、見送りの母親たちに挨拶をそれぞれにしてい
くほほえましい光景を素直に読んでる。
さやかなる大気病む子の体内へ
さわやかな大気に気持ちもすっきりし、病気も快方へむか
うでしょう。
湯のはじく乳房の張りよ夕月夜
月夜のきれいな晩に湯を浴びる。しなやかな白い体の初々
しさを美しく健やかに表現している。
沈黙の力を秘めし冬木立
洋子さんは、折れそうで折れない所がある人である。竹の
ようであるが、冬木のような人でもある。沈黙の間に満ち
てくる力を自分の中にしっかりとためているのである。冬
木立の中にいて、大気の中に凛々と満ち来るものを感じて
いるのである。女性の強さでもあろう。これらの俳句は若
い女性でなければ詠めない女性らしさを詠んだ俳句なので
あるが、若い女性がすべてこのように詠めるわけではなく
、洋子さんの個性としてこれらの句が出来ていると思われ
る。
■堀佐夜子さんの俳句を読む/高橋正子■
七夕の枝引き摺りながら帰る児よ
この情景そのままがいいですね。「いのり」のような俳句
です。
昇る日に髪切虫の音がする
朝日に温められるような、髪切り虫の音。起きて一番に目
にし、耳にした光景のようですね。余分な表現がなく、対
象に心がぴったり止まっています。
海までは遠き淀川青芒
淀川に対する愛着があって、夏らしいさわやかな俳句です
ね。
閑谷の学問の木や楷若葉
「楷」は、学問の木にふさわしい。その幹はまっすぐ。か
つての学問所は、今年の「若葉」に蘇っています。
たわわかな真っ赤なトマト日の匂い
「たわわかな」と言い切ったところに、嬉しさが出ている。
夏至の雨門扉ギィーと車椅子
今年は、21日が、夏至です。「夏至の雨」というとそれ
だけでもろもろの、情景が思い浮かびます。門扉のギィー
と鳴る音に、雨にしたたか濡れた門扉と、車椅子のゆっく
りした動きが読み取れ、よい生活俳句となっています。
押し花や童心に帰る梅雨の午後
梅雨の午後の、少しゆったりした時間に、庭の花などを押
し花にされたのでしょう。子どものころに帰ったような、
小さな楽しみの時間でした。水色の心がとてもいい。
さくらんぼ葉も添えて盛る硝子器に
硝子器に盛られるさくらんぼ。それだけでも可愛いく、涼
しそうです。葉が添えられて、さくらんぼが、より自然に
なっています。
クレーン置く無人事務所に百合白し
工事現場などの、殺風景な事務所に、白百合が活けられて
いる。事務員のひとでも活けたのでしょうか。その人は見
当たらないけれど、百合だけが香っている。気の和む事務
所ですね。
踏青や子に舞い戻るブーメラン
草が萌え、野も次第に青さを増してくると、子供たちも外
遊びに興じる。ブーメランを空に思いっきり飛ばして、舞
い戻るブーメランを受け取る。一人の遊びでも、仲間との
遊びでも、子どもが元気に遊ぶ姿は、見ていても楽しい。
春菊の香りをゆでし夕支度
「香りをゆでし」がよいですね。「夕支度」で句が決まり
ました。
帰る友見送る門の春北斗
春北斗がいいですね。春が来た感動が伝わってきます。お
友達と良いお話が弾んだことでしょう。
■目見田郁代さんの俳句を読む/高橋正子■
カバン置き川の笑声夏空へ
川遊びする子どもの笑い声を、笑声と言い切る。その強さ
には、負けます。明るい夏は子どもたちのもの。
向日葵は黄を濃く並べ梅雨に咲き
「黄を濃く並べ」は、郁代さんの絵手紙のよう。向日葵の
黄色が梅雨に映えています。
土掘れば雨水湧出る梅雨の土
土砂降りのあとの水の強さを、リアルに表現して、実感が
ありますね。今日は、よく降りましたね。
夏越しの大祓いある神社おく
「おく」は、「奥」と読んだ。夏越しのお祓いが行われて
いる神社にお参りされたのか。神様のまします奥で、お祓
いの白い幣が、さっ、さっと紙の音を立て、左右に大きく
振られる。厄病も祓われて、夏を無事に越せることが約束
されるのは、うれしい。
黒き幹の若葉斜めに日を入れて
黒い幹と若葉の色が目に浮かんで、とても印象の強い句と
なっています。「斜めに」と見たところは、観察が確かで
よいと思います。
新緑は色かさねあい山丸くし
やわらかな、そして様々な色合いの新緑が見て取れるよう
です。「色かさねあい」が作者の言いたいところでしょう
。松山の城山のようにも思えます。
春日差し隣のビルに影落とし
ご投句に二句のうち、こちらのほうが、句意がはっきりし
ていますので、いただきました。次第に強くなる春の日差
しを通して、都会の春を客観的に詠んでいると思いました。
三階にとどくオリーブ花降りて
オリーブは、今、花盛りですね。三階まで届くほどの大木
に、遠目には、淡いクリーム色の小さな花が溢れるように
咲いて花をこぼしています。地味な花ですが、見事という
ほかありませんね。オリーブは、小豆島が、有名ですが、
小豆島いかがでしたか。
絵手紙で菜の花届き南から
春らしく、明るい俳句で、生活の実感があるのがよいと思
います。大きくたっぷりと描かれた菜の花を思い浮かべま
す。
凍てし朝無口に並び登校し
「凍てし」「登校し」の「し」が調子を作っていて、「し」
の音が、凍るような朝をよく表していると思います。また、
はからずも、「並び」「登校し」と連用形を重ねることで、
子供たちの列が、無口に進んで行く様子も、効果的に表さ
れていると思いました。描写がずいぶん的確になられたと
思います。
■三浦絹子さんの俳句を読む/高橋正子■
紫陽花の暗き真昼にいきいきと
「暗き真昼」は、すごいですね。紫陽花が、きらきら、い
きいきしています。見に行きたいですね。
塗り下駄に素足通して夏うれし
夏のうれしさそのものですね。共感します。
弱き蚊を力まかせに叩きたる
私たちは、不遜にも、時にこんなことをしますね。
午後の庭ふうせんかずらふと揺れる
ふうせんかずらは、午後の庭をすずしくしてくれます。空
気でふくらんだ、うすみどりの実を見ると、日常を抜けた
ような思いになりますね。ふと揺れれば、なおさら。
可憐さに強さひそみしスミレ草
すみれを、可愛くないと思う人はいないでしょう。小さな
可憐な花ながら、うつむき加減に咲く様子に、強いものを
感じられたのでしょうね。
夜桜は精霊のすむ気配する
松山は、昨日、今日と、桜は満開です。青みを帯びた夜桜
のうつくしさは、幽玄の世界ですね。「精霊」は、いろい
ろに意味がとれますが、木のたましいと、あっさり読むほ
うが、桜のうつくしさが出ると思います。
水含む空気ツバメが行き交えり
水含む空気と捉えたのは、鋭敏な感覚。ツバメにはツバメ
にふさわしい空気があるようですね。
レンゲ草幼き右手に握りしめ
にぎりしめられたレンゲ草は、握られたところが、いくぶ
んくたっとなっているに違いありません。幼い子どもは、
自分の気に入ったものは、しっかり持っているようですね。
その仕草が、あいらしく思えます。